AWS活用事例、メディア・セミナー情報や名物・社長のほろ酔い対談などをお届けするブログです

HANDS LAB

HANDS LAB BLOG

ハンズラボブログ

長谷川秀樹のIT酒場放浪記 第26回 アプレッソ 代表取締役社長 小野 和俊さん


ハンズラボCEOの長谷川秀樹が、どうすればエンタープライズ系エンジニアがもっと元気になるのか?という悩みの答えを探し、IT業界のさまざまな人と酒を酌み交わしながら語り合う本対談。第26回目は、株式会社アプレッソ代表取締役社長の小野和俊さんにご登場いただきました。サン・マイクロシステムズでの安定したエンジニア生活から一転、1年半後には株式会社アプレッソに代表取締役として引き抜かれ、ベンチャーの荒波にもまれることとなった小野さん。気になるセゾングループ子会社化までの経緯もうかがいました。

小野和俊
株式会社アプレッソ 代表取締役社長 小野 和俊さん
1976年生まれ。1999年慶應義塾大学環境情報学部卒業後、サン・マイクロシステムズ株式会社に入社。入社後まもなく米国 Sun Microsystems, Inc での開発を経験する。2000年より株式会社アプレッソ代表取締役に就任し、データ連携ミドルウェア「DataSpider」を開発。2002年には「DataSpider 」が SOFTIC ソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤーを受賞。2013年3月には更なる事業展開を目指し、セゾン情報システムズの子会社化による資本業務提携を決定。2015年6月より同社取締役CTOに着任し、アプレッソ代表取締役社長との“二足のわらじ”で多忙な日々を送る。

長谷川秀樹,小野和俊

XMLの“ラストマン”として
シリコンバレーに上陸成功!

長谷川そもそも小野さんがエンジニアを目指されたのは、どういった経緯からなんですか。

小野プログラミング自体は、子どもの頃にN88-BASIC等でやっていましたけど、本格的に取り組み始めたのは、大学に入ってからですね。環境情報学部というところに籍を置いていたんですが、知人が始めた「情報を縦横無尽に紐づけて調べられる仕組みができれば、自発的に学びを広げたり、深めたりしたりできるのでは?」というプロジェクトに参加して、教育系のソフトウェアをつくったりしていたんです。

長谷川おお、「DataSpider」の原型ってことですか?

小野いや、DataSpiderの原型はそこではなくて、それと並行して大学2年のときに野村総研でリサーチャーのアルバイトをしていた時に作っていた自動巡回するプログラムです。テーマごとにネットなどで調査してレポートにまとめる作業をはじめ手作業でやっていたんですが、人がやるより機械がやった方が効率的じゃないか、ファイルフォーマットの違いを感じさせずに自動でデータを連携できたらいいなと考えたのがきっかけです。
sakaba26_03 データ連携ソリューション「DataSpider」
https://www.appresso.com/servista/

長谷川それをもって学生ベンチャーなんて考えなかったんですか。76年生まれといえば、起業している人が多いし、そもそもご出身のSFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)にもそういう雰囲気があったと思うんですが。

sakaba26_04

小野うーん、当時は考えませんでしたね。そういう人も身近にいるにはいたんですが、自分には無縁のことと思って眺めてました。それよりも、とにかくシリコンバレーに行ってみたかったんです。ソフトウェアの世界に身を置いたばかりの人間には、当時のシリコンバレーはそりゃあ輝いて見えましたから。それも留学とかではなくて、仕事で中から覗いてみたいと思っていたんです。

長谷川それでサンマイクロですか。確かに仕事でシリコンバレーに行けそうな期待感がありますが…。

小野ええ、一番の近道のような気がしたんです。ところがJavaと思って入ってみたら、アプリケーションをほとんどつくってなかったんですよね。「基本ハードの会社だから、Javaはその隅っこでやってる程度だから」と言われてショック(笑)!

長谷川小野さんらしからぬ(笑)、痛恨のミスですね。

小野本当に、どうしたものかなと。それで考えたのが「ソフトウェアの方のNo.1になること」でした。ソフトウェアをやっている人が少ないなら、ハードウェアでNo.1になるより早いだろう、チャンスが早く来るだろう、と考えたんです。さらに98年にXMLがジョン・ボザック(Jon Bosak)によってW3Cのレコメンデーションとして発表されたばかりでしたし、僕自身も野村でのバイトで触った経験もあったので、XMLが面白そうだなと。

小野和俊

長谷川「XMLといえば小野」と言われるようにしたわけですね。策士ですな〜(笑)。それで目論みは上手くいったんですか。

小野おかげさまで。シリコンバレーで「XMLが詳しい人」というジョブローテーションがかかって、「日本にいるらしいぞ」ということになって、めでたく研修後は渡米ということになりました。

長谷川それ、めちゃめちゃついてますよね。新入社員でシリコンバレー勤務なんて、そういないでしょう。

小野運じゃなくて、作戦勝ちですよ(笑)。そんな経験もあって、アプレッソの人事制度にも以前から「ラストマン戦略」というのを掲げています。所属組織内で自分が一番になれそうなポイントを見つけて、それを実現したら対象を広げていくという方法です。サンマイクロでもソフトウェアでJavaくらい広いとかなり詳しい人がいたので、ラストマンになるにはごくニッチな部分か、誰も未だ手をつけていない部分に限られる。それが全体に対してどのくらいの影響力で、将来どうなるかに鑑みて、注力するポイントを選ぶわけです。

長谷川秀樹,小野和俊

長谷川なるほどねえ。それはいい戦略ですね。

小野アプレッソでも入社したらまず、そのラストマン領域を決めるんです。すると、先輩にきいてばかりでなくて、すぐに教える立場にもなれるでしょう。そうすれば、やりがいにもつながるし、プライドも生まれる。会社もスキルマップを作成して、どこをどう広げていけばいいのか可視化できるし、人材というリソースを効率的に振り分けていけますから。

“そのリスク”をとるのは、無謀なのか、勇敢なのか

長谷川それで首尾よくシリコンバレーに行ったとして、サンマイクロには何年いらっしゃったんですか。

小野半年研修、半年シリコンバレー、半年エバンジェリストの約1年半。とても濃密な時間でした。

長谷川秀樹,小野和俊

長谷川それなのに、どうしてアプレッソを起業しようと思ったんですか。学生時代から起業も全く考えていなかったんでしょう。

小野ええ、当時もまったく考えていなかったですね。ジョブローテーションで出向扱いだったのが、それなりに成果を上げて、転籍のオファーがあって、「やったぜ!これでしばらく頑張れる」と喜んでいたくらいですから。そんな時にアプレッソの代表取締役の話が転がり込んできても、正直胡散臭いと思っていたんです。

長谷川えっ。というと、ご自身の事業による起業ではないんですね。

小野はい。もとはシリコンバレーのベンチャー企業の日本法人をつくろうとしたのがきっかけです。ところが、お金は集まっているのに事業の核となる製品ができていない。そこで自分たちで独自の製品を作らないといけない、それをつくってくれる若い技術者が欲しいということになって、私に声がかかったんです。2000年の夏頃でした。

長谷川うわ〜、それは、怪しすぎますよね。普通は断るでしょう。順風満帆なエンジニア人生がはじまったばかりだし。

小野そのとおりなんですよ。僕も最初はお断りしたんです。でも、そこで「どうしても会ってほしい人がいる。答えを出すのはその人に会ってからにしてくれないか」とオーナーの方から言われて、ある方にお会いすることになったんです。それでお会いしたのが、シティバンクの「シティダイレクト」のアーキテクトした方で。当時勢いのあったネットスケープを蹴ってまで、自分はベンチャーに参加したというんです。その理由を尋ねると「リスクを取りたかっただけ」と。それを聞いた瞬間に「がーん!」と雷に撃たれたような気がしました。

長谷川その人、かっこいいなあ。それで合流することにしたんですか。

小野いやいや、確かに衝撃的でしたけど。当時サンマイクロの本社所属の道が拓けていたのに加えて、シリコンバレーでの上司が起業する会社のCTOの席も確約されていたんです。それを蹴ってまで行く価値があるのか、頭を冷やして考えなきゃと(笑)。客観視するために、自分が「砂漠の中のオアシスを見つける」というゴールを想定して考えました。水筒なしで目指すのは無謀、水筒が溢れんばかりなのに躊躇するのも臆病、はたして自分はどういう状態なのかと。オアシスが「面白いソフトウェア製品をつくる」ということであれば、プログラミングにはかなりの自信がありましたし、これ以上サンマイクロでキャリアを積んでも、今とそう変わらないだろうと考えたんです。

小野和俊

長谷川それで怪しげな会社にいっちゃったんですか。でも、自分でサービスをつくれる自信があるなら、自分で立ち上げるという手もあるじゃないですか。その方が成功した時のリターンも大きいし。その会社に固執する理由があったんですか。

小野いや、そのあたりは24歳で無知だったからですね(笑)。ただ、既に会社登記も資金調達もなされていて、スタッフも5人いましたから、すぐに開発してリリースできる環境が整っていたこともあります。とりあえず、ゼロベースで製品をつくらせてもらうという約束で、代表取締役として入りました。

日本初データ統合ソリューション
「DataSpider」で大躍進

長谷川それでスタートアップは順調だったんですか?アプレッソというと、データ連携・統合ソリューションの「DataSpider」がすぐに浮かびますけど。

小野はい、何をつくるかとか、ピポットはほとんどせずに、いきなり「DataSpider」をつくり始めて、そのまま今に至っています。まあ、実際にはコードをほとんど書いたことがないエンジニアとか、スタッフィングなどにはいろいろありましたが、既に野村総研でのアルバイト時代に「DataSpider」の構想や原型はできていたので、黙々と作業する感じでした。

長谷川「DataSpider」は、どのくらいでリリースされたんですか。

長谷川秀樹,小野和俊

小野僕が2000年10月ジョインしてから約半年後、2001年6月ですね。僕以外に書ける人間がほとんどいなかったので、最初はほぼ一人でゴリゴリ書きながら、併行して他のスタッフのjava教育をして、少しずつアダプターからカーネルなどコア部分まで社内で書けるようにしていったんです。

長谷川2001年くらいというと、インフォテリアの「ASTERIA WARP」も出てましたよね。

小野「DataSpider」が出た翌年の2002年だったと思います。インフォテリアさんは1998年創業の日本で最初のXML専業ソフトウェアベンダーだけど、「DataSpider」の方が早かったんですよ。

長谷川2000年代はじめというと、「EAI(Enterprise Application Integration)」という言葉は既に登場していませんでしたか。

小野ありましたね。WebMethodとか。サンマイクロでもかついでいたシービヨンドとか…。ただし、コンフィグレーションでできるといいつつ、複雑なスクリプトが必要で、ほぼコーディングという感じでしたね。全くのノンコーディングでここまで短時間でデータ連携ができるようになるのは、当時はもちろん今も「DataSpider」だけです。

長谷川それはもう、僕自身実感してますからね。以前シービヨンドで同じことをやろうとしたら、えらく時間がかかるし、誰もが口を揃えて「データインタフェイスの設定構築が大変」っていうんです。それが、東急ハンズで採用した「DataSpider」の研修に行ったら、画面上でデータ群を選んでもってきて条件設定をしたらできちゃった(笑)。そのあっけなさに驚きましたね。

長谷川秀樹

小野僕はプログラマなので、そういう外資系のマーケティング的な「御社のビジネスが劇的に変わります」みたいな大風呂敷広げた製品って大嫌いなんですよね。価格は10倍、手間も10倍。そりゃあ実現すれば、何らかの効果があるでしょう。でもそこに行き着くまでに、現場では開発よりも面倒なコンフィグレーションに右往左往して頭を抱えてという状況になっている。だから、とにかく「現場に優しい」ものをつくろうと考えていました。

長谷川いまや、あちらこちらで名前を拝見しますよ。バックヤードなのに、かなり目立ってますよね。

小野おかげさまで(笑)。導入第一号は実はNHKさんなんですよ。当時、高校野球のスコアをできるだけオンタイムでデータに反映させたいという要件があって、その打ち合わせ中にメモを取るフリをしながら、その場でプロトタイプを作ってみせたんです。それで即決で導入いただきました。最初の10社くらいはそのパターンです。

長谷川やりますね〜。サプライズ営業!

小野最初はちょっと苦労しましたが、その後はけっこうインバウンドで問い合わせが来るようになりました。

小野和俊

長谷川営業やマーケティングもされていたんですか。

小野いいえ、僕はあくまで技術者ですから。設立後比較的初期の頃から一緒に代表取締役をやっていた元IBMの長谷川礼司が、アメリカのベンチャー企業の日本法人の代表やアップルコンピュータ(現アップルジャパン)などで経営中枢を経験していて、営業やマーケティングの責任者でした。僕はサプライズ営業が好きでしたけど、それではスケールしませんしね(笑)。とにかく技術者としていいものを作りたいという気持ちが強かったので、2003年からは長谷川に社長を譲って、私が副社長兼CTOとしてやってました。

事業の成長のために 恩人と袂を分かつ

長谷川あれ、もとの出資者の方はどうなったんですか。その方に長谷川さんも誘われていらっしゃったんですよね。

小野2003年に長谷川が社長になるタイミングでM&Aのコンサルタントに入ってもらい、MBOという形をとって出資者の方とは別々の道を歩むことになりました。

長谷川えっ、それはいろいろと大変だったんじゃないですか。

小野まあいろいろありましたが…。VCなど第三者から出資を受けるにあたり、企業としての公平性、妥当性は大変重要なポイントとなることがよくわかりました。つまりは事業を実際に行う人が責任を担い、成功に伴うリターンを受け取る、それができていないと企業の成長は望めないだろうというわけです。それで元の出資者さんにもご納得いただくことができました。

長谷川秀樹,小野和俊

長谷川なるほどね、やっている人ががんばれる環境というのは、出資する側にとっても重要ということなんですね。

小野そうですね。僕はお金には執着しない方ですが、事業の成長に絶対にブレーキをかけたくなかった。個人的な理由で経営に非合理的な判断が入ることは、どうしても避けたかったんです。

長谷川自分で責任もって事業をハンドリングしようとすると、その壁にぶつかりますよね。顧客や自分が採用したメンバーに「NO」を言われるのは辛いけど合点がいく。でも、出資者から個人的な横やりがはいるとなれば、僕もやはり闘いたくなるだろうな。とはいえ、その横やりが元の恩人からだったりすると「お世話になったから」と義理を感じてしまうのも人間ですからね。

小野そうですね。おそらくあの時のMBOが成功したのは、僕が「こうしたい」と主張するのではなく、VCなどの第三者が入ることで、事業の公益性や組織の公平性に対する妥当性が担保されたからではないかと思います。

小野和俊

長谷川岡目八目じゃないけど、冷静に人ごととして客観視すれば、適正なバランスが見えますもんね。

小野ええ、たとえば、ソラコムの玉川さんが古巣のAWSを卒業したことって、“自分のため”ではなくて社会に新しいサービスを生み出すためだと思うんです。イノベーションが起きる時って、ピピッと来た人がやるのが早いと思うんですが、そこに他の人への遠慮や気遣いが入ることで減速するとしたら、社会にとっては大きな損失だと思うんですよね。それをAWSの皆さんにも理解してもらえたから、温かく卒業式まで上げてもらえた。

長谷川アスキー.jpでも「玉川、AWSやめるってよ!」って記事になってましたもんね。

sakaba26_15 玉川憲氏の卒業式の様子はニュースにも。(出典:ASCII.jp)
http://ascii.jp/elem/000/000/975/975097/

小野もちろん、玉川さんも丁重な姿勢で臨んだんだと思いますよ。僕も個人資産を投じてくれた元の出資者には感謝していましたし、それに見合うような見返りを提供しないといけないと思っていました。

長谷川小野さんのその経験は、企業内で事業を立ち上げてMBOを考える人や、出資を受けてベンチャーを起業した人とか、参考になりそうですね。

小野24歳で何も知らずに出資者がいる会社の代表取締役になった身としては、スタートアップ時の資金面での苦労をしなかった代わりに、恩人と袂を分かつ際の痛みを経験したというところでしょうか。結果オーライで、当時の自分の選択に後悔はないのですが、もしこれから起業するならば、まずは自分の自由度を下げない範囲で始めたいですね。

長谷川なるほど。でも、VCなどの出資ってファイナンス面じゃなくて「有名なVCが出資したスタートアップ」とマーケティング的な側面があるじゃないですか。

小野うーん、僕には自分の自由度と引き換えにするほどの価値は感じられないですけどね。たとえば、長谷川さんなら「あのAWSを使い倒した人が!」というので十分だと思いますよ。何もない学生ベンチャーならともかく、ブースター的なマーケティング効果なんて、先ほどの砂漠の例えで言えば、「水筒を溢れさせている」ようなものだと思います。

長谷川うわ〜っ、臆病者ってことですかっ?なんだか、アジテートされている気分になってきた(笑)。

長谷川秀樹,小野和俊

エンタープライズで逆襲したい

長谷川MBOの後、事業の転機といえば2013年のクレディセゾングループ入りですよね。正しくはセゾン情報システムズの子会社になったということですよね。なぜ業務資本提携を受けることになったんですか。

小野シンプルに言えば、VCへの償還期限が来たからですかね。当時で通常8年のところ、ITバブルもあってアプレッソも10年になっていて、ちょうどその期限が来るところだったんです。それで資本政策として一般企業と同じようにIPOまたはM&Aによるエグジットを検討していまして。そこにセゾンさんとのお話があって話しがすすんだというわけです。以前から、セゾンが持っているファイル連携の「HULFT」とデータ連携の「DataSpider」を組み合わせたら面白いだろうと思って、開発や営業などでも協力関係を築いてきたので、自然な成り行きでした。

長谷川もう1つの選択肢であるIPOは考えなかったんですか。

小野ええ、実はエンタープライズ系のパッケージって株価がつかないんです。ネット系が300億円とかつくのに、エンタープライズ系は「終わった」と思われているんですよね。株価ばかりじゃないですよ。かつてソーシャルゲームバブルの時には、いろんなVCから「まだエンタープライズやってるの?」って言われて落ち込んだこともありました。でも、やっぱり僕はエンタープライズが好きなんです。「HULFT」もそうですが、地味で堅実。それでビジネスを支えて価値を高めているわけです。ITって、エンターテイメントばかりでなくて、やはり「役に立つ」というのが最も大きな価値だと思うんですよ。

長谷川ああ〜〜、僕もそれは同じだなあ。質実剛健な気質とか、文化は好きですね。だから、この業界をもっと元気にしたいと思いますよね。

小野そう、僕はエンタープライズ側の人間として、流行に振り回されるんじゃなくて、作り上げた作品を実直に磨き上げていくことで、普遍的な価値を提供したい。「不易流行」という言葉がありますが、それがエンタープライズ再興の鍵だと思っています。つまり、目的や提供する価値を変えることなく向上させながら、クラウドなど新しい仕組みにも対応していく。先日「HULFT IoT」も発表したばかりです。

HULFT IoT 「HULFT IoT」 http://www.hulft.com/index.html

長谷川えっ、そうなんですか。それは詳しく聞きたいですね。

小野それはまた改めて説明に伺います(笑)。とにかく堅実な実績あるものを新しい物につなげることが楽しくて仕方ないですね。逆に実体のないチャラチャラしたことには興味がないんです。

長谷川その辺りはすごくシンパシーを感じますね。ちなみに資本提携でセゾン以外にはアプローチはなかったんですか。

小野実は大手ネット企業からのオファーがありました。でも、それは小野個人に対するCTOへのオファーに近いところがあって、ソリューションとしての「DataSpider」は振り回される気配が濃厚だったんです。もしかすると消される可能性もあるかもしれませんし。だから、質実剛健にコツコツやるエンタープライズの文化の中で大事にしてもらえる方を選んだわけです。

長谷川小野さんがセゾン側のCTOにもなって、アプレッソの文化も消さずに変わらずにいられそうですしね。

小野はい、それはマストでしたから。その上で「HULFT」と「DataSpider」の融合によって、エンタープライズにおけるシナジー効果を上げていきたいと思ってます。ちょっとここではお話しできませんが、あと「小野×セゾン」でもいろいろ期待される役割も広がってきているので、まずは社歴や事業内容を勉強しているところです。他社のカードを研究したりね(笑)

長谷川おお、それはまたクレジットカード談義もしたいですね。僕も実はけっこう好きで、個人的にも研究しているんですよ。

小野いいですね。今、カードビジネスについてもイノベーションを起こせることであれば、貪欲に連携したいと思っているんです。ぜひ、情報やアイディアをいただければうれしいですね。

熱いアジテーションに長谷川ついに陥落(?)

長谷川とりあえず話を戻すと、僕も自分の経歴・経験からいくと、やっぱりエンタープライズソフトウェアだなと。中でも小売業向けのPaaSを作りたいと思っています。小さいところはパッケージソフト、大きいところは元の姿が見えないくらいカスタマイズって二極化しているんです。それをフロントとエンジンで分けて、エンジンの方をAPIという形で提供できれば、自由度を担保しつつ好きなように構築することができるでしょう。そうすれば、業界的にも生産性が飛躍的に向上すると思うんですよね。

長谷川秀樹,小野和俊

小野それは「リテール・アズ・ア・サービス=RaaS」って新しい概念のサービスになりますね。そういえば、シリコンバレーのインキュベータ「Plug and Play Tech Center」が掲げる三大テーマって「IoT」「FinTech」「Brand & Retail」でしたよね。

長谷川そう、僕も夏にPlug and Play Tech Centerを訪問した時、チャットワークの山本社長にいろいろとPlug and Play Tech Centerの方々を紹介していただいて「こんなにリテールの世界って大きな可能性を秘めているんだ」と再認識したところだったんです。

小野いいですね、いいですね。ぜひ、やっていただいてエンタープライズを活性化しましょうよ。エンタープライズの逆襲、ぜひともリテール業界でも同時多発的にやっていただければ心強いです。

長谷川もともとこの構想には、僕自身の業界内での紆余曲折が起点にあるんですよね。米国の大手リテールに多数導入されていた「リテック」という販売システムを営業していたことがあったんです。200億円以上の企業が対象で、パッケージライセンスとSI費用で最低でも数億円するというシロモノだったんですが、とにかくカスタマイズしないと使えなくて、時間もコストもすごくかかったんです。

小野それは苦い経験ですね。それで東急ハンズでは自社開発を基本にされていたんですね。

長谷川その通りです。パッケージのカスタマイズというのに不信感があったんですね。とはいえ、やはり再利用は便利だし、スピードにもつながる。ネット系のAPI利用にも刺激を受けたこともありますが、揺り戻しがあって、両者の“いいとこどり”ができないかと思っているんです。

小野なるほど〜。そこまで明確な構想があるなら、早々に事業化すればいいじゃないですか。どんな事業もスタートして成熟させるまでには最低5年はかかるといいますよね。それに「構想」にはやはり賞味期限があると思うんです。

長谷川なんだか、さっきからアジテーションされているような…。

小野いや、僕のポリシーは「心が動いたらブレーキをかけない」ですから!本気でいいなと思っているんですよ。ソラコムさんもそうですが、他人事だから客観的に価値も見えるし。長谷川さんの考える「RaaS」の構想も、熱いうちに実現すべきだと思いますね。

小野和俊

長谷川ああ、なんかドキドキしてきた(笑)。どちらがゲストなのかわからないことになってます…。

小野僕自身、DataSpiderを思いついたのはEAIの使えなさへのいらだちがあったからなんですよね。で、たぶん、そういう人は山ほどいたと思うんです。でも、形にしたのは僕だけだった。それが今「DataSpider」となって評価されているわけで。アイディアが熱いうちに打つことは大切だと思うんですよ。あと、いま慕ってくれる人に遠慮することも大切ですがも、スタートして、それを面白がってついてきてくれる人も出てきて、ドラスティックな事業展開ができるの方が、よりたくさんの人を幸せにできる気がしませんか。

長谷川くわ〜、ここまでぐいぐい来られたのは、26回続けている居酒屋対談で初かもしれませんな…。

長谷川秀樹

小野大学時代弁論部の部長でしたから、アジテーションは癖なんですよ(笑)。っていうわけじゃなくて、本当に心からそう思っています。僕自身もセゾンに入って、その中でITの技術が一番わかる「ラストマン」として、いろんなイノベーションに関わろうとしているところで、仲間がほしいんです。

長谷川ぜひ、流通と決済って隣接していますし、エンタープライズを軸に、様々なイノベーションを起こすべく、切磋琢磨したり、協力したりしていきたいですね。

小野ぜひ、よろしくお願いします。次は決済をテーマに話しましょう。

長谷川そうですね。今日はほんとうにありがとうございました。