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長谷川秀樹のIT酒場放浪記 第23回 HDE 代表取締役社長兼CTO 小椋 一宏さん


ハンズラボCEOの長谷川秀樹が、どうすればエンタープライズ系エンジニアがもっと元気になるのか?という悩みの答えを探し、IT業界のさまざまな人と酒を酌み交わしながら語り合う本対談。第22回目は、株式会社HDEの小椋 一宏さんに粋な着物姿でご登場いただきました。話題は起業エピソードから海外戦略、さらに技術進化を後押ししたいというところで意気投合。そんな二人が期待する新しいIoT技術についても意見を交換しました。

 小椋一宏株式会社HDE 代表取締役社長兼CTO 小椋 一宏さん
1975年ニューヨーク生まれ。6歳にて帰国し、BASICによるプログラミングを習得。中学生に入ってからもプログラミングに没頭。「もてたい」という思いから、高校時代にはプログラミングから離れ、一橋大学経済学部に入学するものの、すぐにコンピュータの世界に戻る。1994年、Linuxやインターネットとの出会いからIT業界での企業を決意。1996年に起業し、技術部門のトップとして会社を牽引。2009年頃よりクラウド技術を社内に持ち込むなど、今もなお新しい技術への意欲を保ち続けている。

モテないけど、この道しかない!
学生時代にパソコン講師派遣業を開業

長谷川昨日、改めて御社のプロフィールを拝見してびっくりしたんですけど、設立から19年めなんですね。IT企業というとつい新興ベンチャーっていうイメージがありますが。

小椋:はい、創業は1996年ですね。インターネットがそろそろ登場して、テレホーダイとかダイヤルQ2とかが流行っていた頃です。

長谷川あの時代ですか〜。僕はアクセンチュアに入社して2年めでした。当時「アクセンチュアは、インターネット系のプロジェクトってやらないんですか?」って言ったら、「インターネットの仕事なんてフリーランスの仕事だよ」って上司に返されて、素直に「ほう、そうか」と思っちゃったんですよね。ネットの真価に気づいたのは、東急ハンズに入ってECに触れ始めてからです。

小椋:当時はMicrosoftもずっと「ネットなんて」って感じでしたからね。

長谷川個人的にはDOS/VパソコンのGateway2000を入手して、リムネットでピーヒャラいいながら米国の大学のWebサイトにアクセスして感激したり、ネットの可能性を感じていたんですけどね。あと1、2歩踏み込みが足りなかった。小椋さんは初めからネット関係を志向していたんですか。

小椋:うーん、まあ流れですかね。小学生の頃からBASICを触っていて、中学時代には女子に「やだ、オタク〜」とか言われるくらいでしたから。それで慌ててMSXを庭に埋めて高校時代はギターをやって、3年間パソコン断ちしてました。それが、浪人時代にふらっと秋葉原に寄ったのがいけなかった。技術の進化に愕然として、あっさり戻ってきました、こっちの世界に。

長谷川やっぱり、モテる系は水が合わなかったってことですかねえ。

小椋:そういうことですね(笑)。それで大学時代には某研究所で時給1000円のパソコン系のバイトをしていたんですけど、「キミ、PC詳しいから」って言われて商談の末席に座らされたことがありまして。そしたら、ちょっとした機器設置が100万円とかの見積もりなんですよ。すごい人が来るんだろうなと思っていたら、その人もまだまだ勉強中の様子で。

長谷川なんだ、ただのおじさんやんかと(笑)。

小椋:やー、確かに一瞬「オレの方がすごいかも?」なんて思ったんですが、よく考えれば技術の進化が急すぎて、これまでの蓄積がゼロになるくらいの勢いだったんですよね。ベテランの技術者でもインターネットは一から勉強。それなら、いまなら自分も参入したら、時給1000円よりもっと稼げるんじゃないかと思いまして。

長谷川なるほどね。いやらしいところから始まったんですね(笑)。

小椋:まあ、そうですね(笑)。大学が文系だけだったので、当時まだ狭い世界だったインターネットで理系の学生を集めて、とりあえず会社を作りました。

 

hde_03

長谷川何からスタートされたんですか。

小椋:それが何も決まってなくて。とりあえず会社を作ったので「何しようか」と。ネットコンビニとか、ガジェットを作ろうとか、いろいろ勝手なことを言っていて。結局手短なところから、ビジネスマンを対象にしたパソコン教室から始めたんです。とりあえず仕事あったらまわすよ、みたいな感じで学生のメーリングリストを作って。当時最大で600人くらいが登録していました。

長谷川ええ〜、そんな規模にまでなったんですか。すごい機動力ですね。

小椋:新聞に三行広告載せたり、駅前でチラシ配って撒いたりして、問い合わせが来たら大学生に行ってもらって。いろんな大人が寄ってきましたね。サイトやシステムを依頼され、だまされたことも、よくしてもらったこともあります。それを1年くらいやりました。儲かりませんでしたが、何より楽しかったですね。

社会にインパクトを与えなくては
起業している意味がない

長谷川学生ベンチャーとなると、やっぱり就職活動シーズンが1つの山ですよね。就職は考えなかったんですか。

長谷川秀樹

小椋:いや、どうしようか迷いましたよ。友達が大きな会社に入るのに、このまま個人商店やっていていいのかと悩んで。それで「会社をやるからには社会に影響を与えるモノを作らなきゃ」と考えるようになったんです。ちょうどネットの常時接続が普及してきた頃で、次はLinuxを入れたサーバーが必要になるだろうから、まずは作って売ってみようと。見た目はいわゆる「ホワイトボックスパソコン」ですが、ワンパッケージにソフトウェアも全部入れてルーター的な役割を持たせたものを作りました。

長谷川おお〜、当時としてはかなり画期的だったんじゃないですか。

小椋一宏,長谷川秀樹

小椋:でしょう〜。ただ苦労したのは、プロモーションでした。新聞社や雑誌社に行って「どうやったら取り上げてもらえるのか」聞いて初めて「プレスリリース」というものの存在も知ったくらいですから。学生だったこともあって皆さん親切でしたね。雑誌に取り上げてもらったこともあって、けっこう製品も売れたんですが、ある時そっくりの製品が出てきたんです。それがもう嬉しくて、「俺たち新しいジャンルを作ったんじゃないか?」なんて舞い上がって(笑)。これを続けていたら、会社を続ける意味もあるんじゃないかと思うようになりました。

長谷川じゃあ、HDEという社名は当時からですか。

小椋:ええ、かつてはHorizon Digital Enterpriseでしたけど、誰もが名刺のロゴを見て「ああ、HDEさんですね、うち使ってます」って呼称の方が先歩きしていたんです。それでもう2005年くらいにHDEに名前を変えました。

hde_06株式会社HDE https://www.hde.co.jp/

長谷川それから、いろいろ事業は変わったんですか。

小椋:えっ、話が長くなりますよ、20年近くありますから(笑)。大まかに言えば3つですね。最初はLinuxが動くハードウェアメイン。それがIntelが出資したり、Oracleが対応したりして、何でもLinuxが動くようになったので、これはダメだと。サン・マイクロに買収されたコバルトキューブにはガバッとやられましたね。それでLinuxを管理するソフトウェアにシフトして、最近はクラウドへと軸足を移しつつあります。

長谷川次の事業に移るときって、どんなタイミングなんですか。成功していると、なかなか新しいところにという気にならないといいますよね。

小椋:シンプルにいえば「潰れそう」になったときですね。幸いハードからソフトの時はネットバブルで資金調達が比較的楽だったので、なんとかそれでシフトチェンジに成功したんですが、ネットバブル後に潰れそうになった時には、エンタープライズ寄りに慌ててチェンジ、リーマンショック後と震災直後にも潰れそうになって慌てて「何か新しいものを」と模索して、なんとか19年めです。

小椋一宏

長谷川いや、ご立派ですよね。そのサバイバルの秘訣はどこにあるんですか。

小椋:真面目だからですよ。健全経営で質実剛健にやってきましたから。経営陣3人ともあまり突拍子のないことはしないタイプですね。

長谷川儲かっても会社にプールバー造ったり、六本木で豪遊したりしないってことですね。

小椋:ええ、ないですね。先日100万ユーザーを達成した時には、久々に3人でお祝いしようと言って食事をしに行ったんですが、とりあえず「すき家」でしたから。

長谷川それは堅実ですね〜。ちなみに同業他社さんの屍累々を見てきて、実感として生き残っているのは何割くらいですか。

小椋:うーん、どうでしょう。9割は失敗したとしても復活して業界で食べているんじゃないでしょうか。「何のために起業したんだろう」という人は1割にも満たないと思いますよ。ただ、失敗した人って金融系・財務系のトラブルとか、飲食店経営に失敗したとか、本業以外で失速していることが多いんですよね。

長谷川IT系の社長さんって、なぜか儲かると飲食店やりたがりますよね。小椋さんとこは、やらないんですか。

長谷川秀樹

小椋:やらないですね。興味があるのは、この分野だけですし、そもそもそんなお金はないですから。でも、確かに多いですね。デジタルなことやっていると、根源的なところに興味を持つようになるんでしょうかね。

長谷川いや〜、多分ポルシェと同じで「オレの店」って、見栄を張りたいだけだと思いますよ(笑)。

やりたい人だけがやればいい
辛くて楽しい♪創業経営者というシゴト

長谷川小椋さんが考える「起業に不可欠な要素」ってなんでしょうか。もし、学生が「起業したいんですけど」って悩んで相談に来たら、どう答えられますか。

小椋:うーん、悩んでいる時点で「やめておけ」っていうでしょうね。起業するのが必然当然、自然と思えるようでなければ、適性がないんじゃないかなと。

長谷川なるほど。それなら、中学生なら?高校生なら?

小椋:「やりたい」って思っているなら、やればいいんじゃないですかね。でも、迷っているなら「普通に大学行っておけ」って言いますね。だって、起業したら、もっと辛いことや悩むことが山ほどあるんですよ。入り口で迷うくらいなら入らない方が賢明だと思います。でも、「とりあえず始める」という人で何か困っているなら、「助けは早いうちに求めた方がいいよ」とアドバイスします。僕もそうだったんですが、年上の人に何かを聞くのは、相手に何かメリットを与えないとダメじゃないかと思ってしまう。でも、たいていの大人は相談に乗ってほしい、力になりたいと思っているはずですから。

長谷川ちなみに、小椋さんのお子さんが「起業したい」って言ったらどうですか。

小椋:猛反対しますね。全力で潰しにかかります(笑)。もちろん、それを乗り越えて行ってほしいですけどね。なぜなら僕自身、死ぬほど大変でしたけど起業してよかったですから。そもそもサラリーマンの経験をしたことがないので想像でしかないのですが、変化が激しい時代に雇用されているのって、実はすごく辛いことじゃないかと思うんですよ。経営する人間も振り回されますけど、操縦桿は自分で持っているので納得感がありますから。まあ、何パーセントか、失敗したら死ぬことになるな〜とは漠然とした不安は常にありますけど。

長谷川なるほどね。僕も一応社長なんですが、失敗しても死ぬことはないだろうなあ。

小椋:うらやましいやら、そうでもないやらってところですね。

長谷川僕も(笑)。ただ、人って自分に与えられていない自由ばかり見えちゃうんですよね。うちは事業的には自由にやらせてもらっているけど、事務所の場所や人事の仕組みとかは、なかなか難しい。そこはオーナー社長がうらやましく感じますね。

小椋:孤独ですけどね。うちの経営陣は3人とも友人として仲がいいわけではなくて、みんな違うタイプなんです。一緒に飲みに行ったのも、例の「すき家」含めて4回くらいですから。でも、なれ合いにならない距離感がむしろ組織にはいいんじゃないかと思っています。間違いも客観的に見られるし、意固地にならずに済む。

長谷川たとえば、そんな経営陣が一番判断に気を使っていることってありますか。

小椋:採用ですね。景気のいい時に妥協して採用すると、辛い時にしっぺ返しを食らうことがよくわかったので。採用にはとことん慎重です。

長谷川それでも採らなくちゃならない時もありますよね。たとえば、仕事がどんどん入ってくる時にはどうするんですか。

小椋:その時は、いる人でがんばる。もしくは断ります。確かに商機は逃すかもしれませんが、無理して人を入れるより後のリスクは小さいと考えます。リストラや裏切りや…、経営者にとって人事の問題は精神的にきついですから。あ、それでも最近、外国人は積極的に採用するようになったんですよ。

長谷川えっ、それって外国人採用はチャレンジングと考える人が多い中で、日本の中小企業ではまだ珍しい判断ですよね。

抵抗勢力はセブ島流し!?
半ば強引に進めた社内英語化は大成功

長谷川なんでまた、外国人を積極的に採用しようということになったんですか。

小椋:起点は“英語”でしょうか。この業界で最新技術を追いかけようとしても、日本語だと2年くらい遅れてしまうんですよね。Linuxだと翻訳に3ヶ月かかって、それでもその賞味期限は1年くらいありましたが、クラウドの時代はどんどん新しい技術が追加されて翻訳された時には既に陳腐化していることもあるし、答えが英語でのチャットの中にあったりする。もう、リアルタイムでついていくには英語をやらないとダメな時代なんだなと。それで社内から声があって、来年10月をめどに社内公用語を英語にすることにしたんです。

長谷川それは思い切りましたね。実は先日御社のスタッフの方とお話ししたときも、「TOEIC800点を目標に、朝早く来て勉強してる」って前向きにおっしゃっていて、びっくりしました。けっこう日本だと不満が出ることが多いでしょう。

小椋:多分、彼ら自身が必要性を実感しているからだと思いますよ。それを会社が支援しているだけなので、むしろ「ラッキー」ってとこじゃないでしょうか。

長谷川すんなり英語化って進められたんですか。リーディングだけでいいやって言う人もいるんじゃないですか。

小椋:ええ、最初は「読めればいい」っていう人ばかりでしたが、オープンソースの時代はGitHubで議論したり、要望したり、積極的に関わらないとやっていけない。それができる技術者となれば、日本人以外でも外国人も採用の対象になり、日本人側も彼らとコミュニケーションする必要が生じる。というわけで、社内公用後の英語化に至ったわけです。

……いや、実は抵抗勢力を次々と、社長命令でフィリピンのセブ島に行かせたんです。

長谷川来た!いきなりの“セブ島流し”ですか?それはかなり荒っぽいですね。

小椋:いや、もちろんネタですよ(笑)。一番初めの人は島流し感がないでもないですが、その後はみんな楽しんで行っています。バイク便のキュウ急便が始めた「QQイングリッシュ」の留学で、費用は全部会社持ち。10人くらいに1日8時間1ヶ月ほど勉強してきてもらいました。帰ってきたら全員英語に前向きになっていて、その効果には正直驚きました。日本ではSKYPEを使って今も勉強し続けているようです。

hde_13QQイングリッシュ http://www.qqeng.com/

長谷川へえ〜、知らなかった。オンラインだとDMMやロゼッタストーンは知ってましたが。それで同時並行で外国人も採用し始めたというわけですか。

小椋:ええ、はじめはインターンとして1~2ヶ月くらい。各国のトップ校でビラを配って「こんなに日本はいいんだぞ〜」とアピールしに行きます。私たちが考えている以上に、東京って魅力的な街と思われていて、反応はすこぶるいいですね。そこに飛行機代に加え、2ヶ月ほどの家賃や生活費が会社持ちで住めるんですから。

長谷川その中で採用もしていくというわけですね。今、外国人スタッフはどれくらいいらっしゃるんですか。

小椋:1割くらいです。インターンと正社員が1:1くらいですが、みんな優秀ですよ。頭もいいけど性格もいい。素直で前向きで、「いつか故郷に貢献したい」という気持ちが強いです。今まで優秀な技術者は気難しくて扱いが難しいと思っていたんですね。でも、素直で外交的で技術的にも優秀で、そんな人がたくさんいて、賃金も安くてとなったら、どうやって日本が太刀打ちできるのか。もう仲間に引き入れるしかないでしょう。日本を好きになってくれれば、ゆくゆく母国に戻った時にHDEとの、そして日本との架け橋になってくれるんじゃないかと思うんです。

長谷川確かにそうですよね。うちも急には難しいと思うのですが、少しずつグローバル化は進めていきたいと思います。実は一人、米国人の女性を採用したばかりです。気が利くし明るいので顧客対応やマーケティングを任せようと思ってスカウトしたら「エンジニア、できます!」というんです。実際、ユニケージの試験にも受かったし、「ベイビーエンジニア」と称してがんばってますよ。

ケイティ米国テネシー出身のケイティ。エンジニアブログにも登場!

小椋:明るい人、やっぱりいいですよね。引きずられて、周りも明るくなる。最近は、MBAを持っている文系も積極的に採用していますが、仕事への意識がとても高いんです。母国の企業にもがんがんアプローチしてくれて、すごく刺激になります。

グローバル化が進む世界の中で
日本人のアイデンティティを打ち出したい

長谷川そうなると、開発拠点を海外に移そうとか思ったりしませんか。営業部隊だけ、日本に置いてとか。

小椋:はじめ僕らもそう思ったんですが、たぶんないですね。というのも、うちは少数精鋭のエンジニアがつくったサービスを広く販売していくビジネスモデルなので、人件費を抑えるより、優秀なエンジニアを確保することが重要なんです。となれば、東京の住環境は大きな魅力ですし、ギークはアニメ好きも多いので、秋葉原やコミケの吸引力はすごいんですよね。米国の有名IT企業を蹴ってうちにくる人がいるのも、そこなんですよ。

長谷川それは、すごい!恐るべし秋葉原ですね。でも、文脈が読めないとか、ストレスはないですか。

小椋:まったくないですね。東南アジアの人は日本人と変わらないです。中東の人で一人「あれ?」ということがありましたが、たぶん個性でしょう。なので、あえていろんな国の人を採用しています。一番多いのはインドネシアですが、きっと2.5億人という人口のせいでしょう。母集団が大きいと、優秀な人はもう本当に優秀ですよ。

長谷川優秀な外国人人材を惹き付ける魅力が東京にあるなんて目からウロコでした。僕自身、海外にずっと憧れていて、いつかは外国に住んでみたいと思っていますが、東京がグローバル化する方が早いかもしれませんね。日本から出るグローバル化もあるけど、日本に来てもらうグローバル化もあるということで。

小椋:そうですよ。東京の良さを知ってしまうと、海外に拠点を移せませんよ。そんなわけで実は社内英語化も反対していたんです。不完全な米国人になるくらいなら、日本人のアイデンティティを追求した方がいいんじゃないかと。でも、業務的にはやはり英語は必須。それならとバランスをとるべく昨年から着物を着始めたんです。

長谷川それでお着物なんですか!

小椋:はい、世界の中で“日本人”をアピールしようかと。実際、海外出張に行くと目立つし、すぐに覚えてもらえるし。英語化を拒む人には、「日本人を語るならまずは洋服を脱いでから言え」と言えるし。

長谷川僕も海外のカンファレンスの時に浴衣を持って行ったことがありますよ。すごく女性受けがよかった(笑)。着物もそうだけど、日本人はもっとキャラづくりや、覚えてもらうためのセルフプロデュースが必要ですよね。僕も意識してラガーシャツばかり着ていますが、「ラグビー部だったんですか」って言われる。本当は、卓球部なんですが〜。

小椋:着物いいですよ。絶賛推進中です。ただ、僕はそのままだと噺家かお茶の師匠さんみたいなので、ウェアラブル端末を装着して「ITの人なんだよ」と意思表示しています。

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両手にウェアラブル端末!

技術進化を早める一員となって
ITで世界を変えたい

長谷川小椋さんってユニークですよね。控えめに見えて“セブ島流し”するくらい大胆だし、英語化推進なのに着物にウェララブル。どうなんですか、会社の中ではどんな社長なんですか。リーダーシップをとる方なんですか。

小椋:いや、僕が言うことは5%くらいしか聞いてくれない(笑)。まあ、社長って憎まれ役というか体制側の人間としてみられるので、仕方ないかなあと。なので、基本的には“場を変える”ビジョナリーな人を採用して、現場のリーダーとして支援する。そういう立場をとっています。

長谷川なるほどマネジメントに徹するわけですね。

小椋:いえいえ、コードは今も書いてますよ。今はGo言語。そうじゃないとつまんないし、現場にモノを言えないと思うので。ビジョナリーな人を支援するといっても、わかっていなければ、できないでしょうし。

長谷川えっ、今も書いてるんですか。名実共にCTOなんですね。

小椋:ええ、人間的にはわりかし中庸な方だと思うんですが、技術に関しては極端ですね。

長谷川そんな小椋さんが今注目されているのは、どんなことですか。

小椋:先日ソラコムさんのIoT向けの格安MVNOサービス「SORACOM Air」が発表されましたよね。そのSORACOMパートナースペースに参画しているんですが、そこではセキュリティ関連の認証の部分でパートナーとしてやっていこうかと。

hde_18 注目のIoTプラットフォーム「SORAMOM」

長谷川あれ、すごいですよね。従来のMVNOだとSIMカード1000枚以上で数百万とかいっていたのが、SORACOMだと1枚から、さらに月額300円でしょう。急激にIoTが進みそう。デジタルの世界ではソフトバンクを超える巨人に急成長する可能性もゼロではないですよね。僕らは事業会社でもあるので、どう使うか、あれこれ考えてしまいます。何人くらいでされているんですかね。

小椋:数人と聞きますけどね。AWS出身者が多いようです。その中に、僕が母校で講義した時に聴講してくれていた人がいて、15年ぶりに再会して感激しました。文系の大学なのでIT業界で後輩に合えるのは本当に稀なんです。それが、技術の最先端で活躍しているのが本当に嬉しかった。

長谷川それは感激しますねえ。

小椋:でしょう〜。まあ、それは個人的な喜びですが、SORACOMについては技術者としても大コーフンなんですよ。事業的なタイミングもいいですよね。物理的なSIMからeSIMみたいなワイヤレスで制御できるものになってきて。あとはガラパゴス化を上手く避けてもらうことを祈るのみです。これまで無線LANしかなかったのが、選択肢も広がるし可能性も広がる。ハードウェアとかもどんどん乗っかってきてほしいし、僕たちももうこれは乗っからなきゃと。

長谷川ワクワクしますよね。うちもコストが下がるメリットを目的としつつ、応援目的で導入予定です。だって、AWSでDropboxやAirbnb、Uberといったサービスが出てきたように、SORACOM起点でいろいろイノベーションが起きるかもしれない。それが日本発というのにシビれる。そのためにはライドオンする人が増えないと。「東急ハンズも使ってるらしいよ」って使う人が増えればいいなと。

小椋:その姿勢は長谷川さんらしいというか、かっこいいですね。よーし、僕らももっと腹くくって踏み込もう。なんかもう、技術革新の速度は凄まじくて躊躇してられないですね。もともと技術って単純なものの組み合わせだと思うんですが、それが物理を超えて論理的になった途端、無限に作って組み合わせられるようになると、勝手にできることが飛躍的に増える。AIもそうですね、自分で学ぶようになったらもう成長が止まらなくなる。

長谷川そういえば、決済サービスSPIKEを運営しているメタップスの社長がこんなこと言っていたんですよ。「個体としての自分ができることは、来るべき未来の実現を少し早めることだけだ」。自分やらなくても誰かがいつかは思いついて実現すると。確かに…と思いつつも、ちょっとむなしいやら、切ないやら。でも、「それだっていいじゃん、流れに乗って、少しだけでも加速させるのっておもしろいじゃん」と今は思っているんです。

小椋:そうですよね。活版印刷だって、羅針盤だって誰かが発明したでしょうけど、決して突発的ではなくて、誰かが積み上げた上にひょっこり出てくる。そこに関わるのは面白いけど、もしかすると儲からないかもしれない。でも、儲かるけど面白くない仕事をするくらいなら、儲からないけど面白い仕事をする方がいいと思っているんです。幸いバラバラな経営陣3人組もここだけは一致していて、それで事業が成り立っているので、これからもこのスタンスでやっていこうと思っています。ITで世界変えたいわけだから、仕事しているわけで。事業を持続させるために、会社の利益があると考えているので。

長谷川ほんとに?僕は面白いことで、あわよくば儲かるといいなあと思っちゃうんですけど。

小椋:本当ですよ。そもそも経済学部卒ですから、お金を稼ぎたかったらそっち方面に就職していたでしょう。基本、まったく贅沢には興味がないんです。海外出張の飛行機もエコノミーだし、カードは年会費無料。本質的に必要なものだけで十分です。ちなみに今日の着物はけっこういいモノですが、ヤフオクで2000円ですよ。ぜひ、長谷川さんもいかがですか。

長谷川えっ、いや〜、親会社の総務に相談しないと、着物で出勤は無理だろうなあ(笑)。それより、ぜひIoTをテーマにしたハッカソンとか、合同でやりませんか。

小椋:それはいいですね。楽しみにしています。

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